「セレンディピティ」の原点(原典)をたずねて

 セレンディピティという言葉があります。私のまわりでは20年くらい前に流行ったような感覚がありますが、「偶然、いいことに出会う」という方向性を持った言葉で、わざわざ会話の中で連発するわけではありませんが、私の好きな言葉(というか考え方)のひとつです。その原典をたずねました。

セレンディピティとは

 セレンディピティとは「偶然と才気によって、さがしてもいなかったものを発見する」ことであるとされています(後述する書籍の解説より)。そこには、偶然出会えたらハッピーだよねという単なる運任せではなく、自らが求めるテーマに対する飽くなき探究心と観察力、そういったものを以て広く事物を観察している中から、目的とさえしていなかったところに、思いもしない気づきがあり、そこから発見や出会いにつながる、といった意味があります。
 目標達成第一主義の集団は、一目散に目的に向かうという点で力強いのですが、こういったセレンディピティのかけらに出会ったときでさえ、そのかけらを拾って追求する時間よりも目的地を目指す行動のほうが評価につながるため、セレンディピティが生まれにくい傾向があります。皆が皆、注意力と観察心を備えているわけではないので、そういった人には目標達成第一主義というのは非常に効率が良いのでしょうが、「才気」ある人たちでさえ無理矢理同じ流れに乗せられているのを目にするのはとても残念なことです。
 セレンディピティの例としては、偶然(と言っても注意力や基礎となる知識などの「才気」を備えた人たちが)発見したとされる、ペニシリンとかX線とか挙げられます。

言葉の由来

 シンギュラリティとかセレンディピティとか長めのカタカナ語って難しいですよね。シンギュラリティは Singular point (特異点)から、大きな(主に技術的な)変革のタイミングを指す言葉として知られていますが、ではセレンディピティとは何なんでしょう。実は私も、この由来を知ったのは2,3週間ほど前のことでした。詳しい事は忘れてしまったのですが、何かの本を読んでいたのだか、関連して何かを検索していたときだったかに、この言葉が物語のタイトル由来するのだという情報を得ました。まさにこれこそセレンディピティな出来事です。
 曰く、「セレンディップの三人の王子たち」というおとぎ話から、セレンディピティという言葉が生み出されたとのこと。 まるで「うまい(旨い)話で3人の獣のような奴らをを手下にして、敵対する勢力を打ちのめす」ことを「モモタロイズム」と名付けたような加減です。なんなんだ、そんな事だったのか。「セレンディー」とか「セレンディプト」みたいな言葉から来てるんじゃないんかい、と思うと同時にここに到ってもまだ、「どうせ西暦2000年前後に、自己啓発の本を書いたりする人が適当にでっちあげた言葉だったのだろう」なんてことまで思っていました。
 しかーし。

この言葉をでっち上げたのは、そんなそんな最近の話ではなかったのです。1980年代? 60年代?? 
いや、なんと、西暦1754年の話だというじゃないですか。いやもうそれ、定着した言葉と言ってよいですから。でっちあげとか思ってすいませんでした。

セレンディピティの発祥と拡がり

イギリスの政治家にして小説家であるホレス・ウォルポール[注 1]が1754年に生み出した造語であり、彼が子供のときに読んだ『セレンディップの3人の王子 (The Three Princes of Serendip)』という童話にちなんだものである。

Wikipediaより


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セレンディピティserendipity)」という言葉を生み出したのは、18世紀イギリスの作家 ホレス・ウォルポール(Horace Walpole, 1717–1797) です。

■語の由来
1754年、ウォルポールが友人に宛てた手紙の中で初めて「serendipity」という語を使いました。
彼はこの言葉を、ペルシャの昔話『セレンディップの三人の王子(The Three Princes of Serendip)』から作りました。
その王子たちは旅の途中で、探してはいなかったのに観察力や直感によって幸運な発見を次々にする、という物語です。

ウォルポールの定義
ウォルポールは「セレンディピティ」を
  「探していないものを偶然に、しかも賢明さによって発見する才能」
と説明しています。
■その後の広まり
当初はごく限られた文学的な表現でしたが、20世紀に入ると科学や研究の世界で「偶然の幸運な発見」を意味する用語として広く普及しました。
今ではビジネスや日常会話でもポジティブな「偶然の幸運」として使われています。

(ChatGPTの説明)


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この言葉が再発掘されたのも思っていたより古く、1958年だったとのこと。

アメリカの社会学者ロバート・キング・マートンが1958年に『The Travels and Adventures of Serendipityセレンディピティの旅と冒険)』を発表したことをきっかけに、学術誌や科学雑誌で頻出する言葉となった。

(Wikipediaより)

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なお、「セレンディップ」=「スリランカ」。

原典にたどり着く

 こうなったらもう、その「ペルシアのおとぎばなし」を読むしかありません。 おとぎばなしですので、さまざまなバリエーションがあります。私が手に入れた本はチェットウッド版と呼ばれるもので、ペルシャ語→イタリア語→その後様々な欧州言語(その中でフランス語版)→英語版(チェットウッド版)と翻訳されてきた系統を持っています(それを日本語訳したものを読んでいます)。おおもとの原典と比べると、省略されたり付け加えられたり変化した部分が多いそうですが、本書を翻訳してくれた竹内先生は敢えてこの版を選んだとのこと。
 それは、そもそも竹内先生がこのお話を日本語に翻訳したいと考えたきっかけも「セレンディピティの原点(原典)を紹介したい」ことだったという点があります。ウォルポールの「子供の頃によんだおとぎばなし」はどれなのか。それこそがチェットウッド版が元にしたフランス語版だったのです。チェットウッド版は、「セレンディティを生み出した人が目にした版」に一番近い版ということで、竹内先生がこれを選ばれたとのことでした。

 それにしても、「セレンディピティ」の由来が、遙か昔の18世紀の人が更に昔から伝わる「昔話(おとぎばなし)」を読んで思いついたのだというのが、人類の智慧の伝承を目の当たりにしているようで、ちょっと震えますね。

書籍紹介

 私が読んだ本です。偕成社って昔よく読んだ記憶がありますが、数十年ぶりに手にした気がします(それこそ40年ぶりとか、そんなレベルで)。懐かしい。
これ以外にも原典版からの完訳を謳った本や、他の方による翻訳などもあるようですが、「セレンディピティの源流」を求める身としては、同じくこの言葉の源流に関心を持って訳出された本書をイチオシとしたいところであります。 これが800円で楽しめるのだから、安いもんだと思いませんか。


 なお、当初、数十ページの絵本みたいなもんだろうと思って書籍を注文したのですが、200ページ近くある、しっかりした読み物でした。原書(チェットウッド版)の発刊は 1722年。将軍吉宗の享保の改革の時期です。