私にしては珍しく、畑違いの書籍を紹介してみます。
開示情報
(1) 私は著者の山田氏とは旧知であり、氏の卓越した理解力と洞察力に敬慕の念を抱いております。本を開く前から「これは良い事が書いてある本に違いない」との思いを持っていますから、本日記で紹介する内容には、そういったバイアスが掛かっている可能性が含まれることを予めお断りしておきます
(2) 私は著者の山田氏とは旧知であり、氏の(略)。本を開く時から「てきとーな事書いてごまかしてたら承知しねーぞ」との思いで向き合っているので、(1)と程よく相殺されているものと思われます
(3) 私は、「カスタマーサクセス」という用語に非常に否定的です(後述)。ただ、考え方については得るものがあると考え、名前と切り離して述べるために、本日記では カスタマーサクセスのことを CS と表記することにします。
あたりまえを体系化したCS
本書内で著者も述べているとおり、CSは「当たり前」のことを並べているに過ぎない、とも言えます。曰く、一回つかまえたお客さんには長く使ってもらえるようにして、解約率を減らす努力をしましょう、曰く、適切な人に適切なタイミングでコンタクトを取りましょう、曰く、わかりやすい情報を開示しておく(セルフコンテンツ)と自分達もお客さんも手間が減ってハッピー、曰く、お客さんに共感しましょう...etc.
ひとつひとつは当たり前のことでも、これらを体系的に整理し、評価方法についても提案している点が、CSのCSたる所以なのでしょう。
筆者は、CSのマネージャーになるために必要な資質として、以下の8つを提示しています。
1. 分析思考
2. 積極性
3. 共感性
4. 粘り強さと情熱
5. チームプレイ
6. コミュニケーションスキル
7. 高度な専門性
8. 戦略思考
ストレングスファインダー(SF)の「資質」の分類と似ている部分があると思い、比べてみると、以下の感じになります。面白い。★のついているものがCS資質に完全またはほぼ一致しているものです。★のついていないものは、SFの中で言えばこれかなと私が感じたものを紹介。
1[分析思考]★
2[活発性][競争性]
3[共感性]★
4[達成欲][信念][自己確信]
5 人間関係構築力資質群 全般 /[社交性][公平性][規律性]
6[コミュニケーション]★
7[学習欲][最上志向]
8[戦略性]★
こうして見ると、非常に幅広い資質が求められているように見えます。
私見ですが、元来商売というものは、相手が助かるようなモノ・コトを提供し、そのお礼としての対価を受け取るものであり、対価以上のことは提供しない、提供された以上の対価は払わない、ということを、ある程度のバッファを持ちながらもお互いのメリットを最大化するよう誠意を持って交流をする、という事だと考えています。これが、近代の「商売」では、仕事が細分化されました。お客さんにでたらめな事を言って適当な仕事を取ってくる担当、謝りに行く担当、モノを作る担当、お金の計算をする担当 etc... 。細分化の弊害として、本来は組織全体でひとつの「商売」をしているはずなのに、自分の担当部分以外には関心がない所謂タテワリになっている組織が、多く見られます。右足が前に出ているのに、左足が出てくれないおかげで前に進めないとか、ひどい時には右手が右の頬を殴っているかのようなケースもあります。
歴史というのは波打っているものですから、そういった「誤った細分化意識」を揺り戻す動きが、CSの本質たる「ちゃんと全体を見ようぜ」なのかなと、私は解釈しています。
この本で印象的だったところ
なんと言っても、4ページ強に亘る「はじめに」でしょう。著者のCSに対する思いが伝わってくるとともに、「この本を読んだらどんなノウハウが私に伝授されるのだろう」とわくわくさせてくれます。たんなる熱意だけでなく、整然とした説明は、まえがきを読んだだけでCSをとりまく背景と現在の状況を一望できた気分にさえなります(もちろん本文には、より詳細かつ具体的な記述が沢山あるわけですが)。
もう一点は、CSの指し示す意味について私が根本的な勘違いをしていたことに気づかせてもらった点です。CSはその親和性の高さから、サブスクリプションモデルとセットで語られることが多い気がします。そのためか、サブスクモデル専用の手法というか、もっと極端に言うとサブスクモデルをうまく回すことがCSなのだ、というくらいの印象を持っていました。 本書では勿論サブスクモデルとの親和性についての言及はあるのですが、全体としては寧ろサブスクモデルを意図的に無視しているのではないかと感じるくらいに、CSの適用範囲を広く捉えさせるような工夫を感じました。「本を読んでそのまま手を動かせる人をつくる」というよりも、「本を読んで、実際に自分の頭で考えられる人をつくる」ことを意図しているようで、この、本質を伝えようとする姿勢に、好感を持ちました。
「カスタマーサクセス」という用語について
冒頭で述べたとおり、私は「カスタマーサクセス」という用語に対して、非常に否定的な評価をしています。「顧客を俺たちが成功させる」という意味のこの言葉は、なに? 成功させてやる だぁ?てめぇ一体(いってぇ)何様でぃ! と悪態をつきたくなるくらいの傲慢な響きを持っています。客は「自分で」成功を目指します。サポートは期待しますが「成功させてやる」と言って近づいてくる人には怪しさしか感じませんし、他人の財布に勝手に手を突っ込んでくるかのような感じです。自社内でのスローガンとして「顧客を成功させるぞ、おー!」と言っている分には素敵な話ですが、打ち合わせで出された名刺に「お客様を成功させる部」なんて肩書きが書いてあったらもうお前馬鹿かレベルです。
考え方の発祥であるアメリカの用語をそのまま取り込むのではなく、この分野を国内で牽引している一人である山田さんのような人が、本質的理解に近い場所にいるというポジションと能力を活かして、日本語でも受け入れられやすい用語を発明されることを願っています。
ということで改めて本書をお勧め
本書は、著者が自らのカラダを動かして集めた情報を、自らのアタマを使って理解・再構成し、自らの時間を使って実施するというプロセスを、何度も繰り返したことで得られた「本質」を、惜しげもなく訊かせてもらえる本です。 著者の人柄どおりに、この素晴らしい考え方をどうにかしてみんなにも理解してもらいたい、伝えたい、という誠実な姿勢が感じられる本です。まだ若いこの分野で、現場で実践してみた人の話を聞けること自体も大変貴重です。書名で「カスタマーサクセス "実行" 戦略」と銘打っている通り、机上のお勉強話だけでない部分が、本書の魅力と言えるでしょう。 この分野に興味がある人には、その人の置かれている状況や目指しているものによってマッチする/しないはあるでしょうけど「とりあえず読んでごらん」とお勧めしたいです。
余談
本書の中には、CSを実践した会社の方やキーマンの方へのインタビューが含まれています。これ、山田さん、やりたかったんだろうなぁ、楽しかっただろうなぁ、そして書くときにはえらく気を使って大変だったんだろうなぁ、とニヤニヤしてしまいました。
私も14年ほど前に作った本で、どうしてもやってみたくて、インタビューを入れたのですが(その節は各社様、ありがとうございました)、先方が伝えたいものと自分が紹介してあげたいものを会話の中で探り合い、記事の完成形をイメージしながら補いたい情報を追加で質問したり、それはそれは楽しかったです(笑)。
この本: