ジオイド2024(試行版)が公開された!

2024年3月27日に国土地理院から『「ジオイド2024日本とその周辺」(試行版)』が公開されました。
日本における各地点の「高さ(標高)」を知る上で大きな進化であり、旧来の苦労して実施していた(らしい)基準点から繋げてきた水準測量からの開放を意味するパラダイムシフトであると感じ、大変興奮しています。
www.gsi.go.jp

なお、このエントリは私の「おべんきょう」の結果を整理するとともに、まだこの情報に触れてない人に概要が伝わったらいいなとの試みとして書いているものです。誤りや思い込みを含んでいるかもしれません。正確かつ詳細な情報は上記リンクで公開されている各種情報を参照いただけたらと思います。

前提知識:標高って何?

 あの山は標高何メートル、この場所は標高何メートルと言いますが、意外と正確に知らない人が多いのが、この「標高」というものです。

  • 標高が同じ2地点間では水は流れない
  • 標高が異なる2地点間では、水は標高が高いところから低いところに流れる

当たり前ですね。この当たり前を一旦、頭の中に置いておきましょう。

標高、というと「ゼロメートルはどこ?」という話をする必要があるのですが、これは後でお話するとして、「2地点間の高さの差」を求める方法について簡単に書くと、比較したい2地点に長い定規を立てて持ってもらって、真ん中くらいの地点から平行にそれぞれの定規の目盛りを読めば、2地点間の高さが分かります。これを繰り返していって日本中の標高が決まるのです。
この測量のスタート地点は「日本水準原点」24.3900メートル(2024年3月現在)です。

余談:海抜ゼロメートルはどこ

「海面の高さがゼロメートルです」と言っても、1日の中でも変動するし、月の中でも変化しますよね。日本では「東京湾平均海面」をゼロとすると定められています(法律上は「東京湾平均海面上二十四・三九〇〇メートル」を原点とすると定められていますが、つまり平均海面をゼロメートルとする、という意味です)。明治初期に6年位かけて観測し、決定されました。
隅田川の河口にある霊岸島で測られていたのですが、その後の都市開発で(当時は海だったのに)今は全然海じゃなくなって川の途中みたいになってしまったので、今は神奈川県の油壺で検潮しています。


前提知識: 「平ら」は平らじゃない

地球を回転楕円体としてモデル化しましょう。高さの差の測定は、先ほど「平行にして(2地点の)定規の目盛りを読」む、と書きました。実はこの「平行」というのがクセモノです。回転楕円体表面の曲面を無視して平面として扱える局所的な話として考えてみます。先ほどの「平行」とは、この平面に対して平行なのでしょうか。
いや、当たり前すぎることを質問されて意味がわからないだろうなと思います。平行なんだから平行でしょう、と。平行じゃないのは平行と言わない。・・・ですよね。  ところが違うんです。

地球というのは、場所によって重い物質や軽い物質が不均一に存在しています。そして、重い物質がある場所はより強い重力となります。私たちが「平行」だと判断する根拠は何かを考えみましょう。そう、重力ですよね。自分の右側のほうの地下に赤色物質(あるいは超小型のブラックホールのようなもの)があるとすると、そちら側に引っ張られるので、立っていても右斜め下のほうが「真下」と感じるはずです。重りを付けた紐を手に持っても右下のほうにひっぱられます。
といいつつ実際には、感覚的には「真下(と自分が感じる方向)にちゃんと重りの糸が垂れ下がってる」というだけなのでまったく違和感は感じません。単に、回転楕円対面とは平行ではない、というだけのことです。私たちは地球表面に居て、ただ重力のベクトルが向く方向を「下」だと思っているだけなのです。

前提知識:同じ標高面は回転楕円体面に対してでこぼこしている

そんなわけで、地球内部のあちこちに小さな赤色物質があると想像すると、「同じ標高を結んだ線」は回転楕円対面のように滑らかにはならずに、でこぼこしたものになります。このでこぼこの形を知るための数値が「重力」です。 実際には「右斜め下に重力が強い部分がある」という測定をするわけではなく、たくさんの「その場所」の重力を測定します。地図上にプロットすれば「自分より右側の方が重力強い場所なんだな」と分かりますよね。
日本では先ほど紹介した東京湾の平均海面を標高ゼロメートルとして、これと同じ高さを結んだ面を「ジオイド面」と呼んでいます。いわば「標高ゼロメートル面」です。回転楕円対面に対して結構デコボコしています。
「標高」というのは、回転楕円対面からの高さではなく、このジオイド面からの高さなのです。

これまでの重力の測定

あまり詳しくないので、今回の公開資料からの受け売りです。
重力を正確に測定するためには、今までは陸上の場合はその場所に行って実際に測定するしかありませんでした(海上は船で)。この正確な測定は「短波長な測定」と言うそうです。衛星でもある程度は測定できるのですが「長波長の測定」と言って、精度(有効桁数)が高くないとのこと。
どうしても山の中では観測ポイントは少なくなりますし、何度も測定に行けないのでかなり古いデータもあるのが現状でした。

今回のすごいデータ!

国土地理院では、航空機を用いて重力を測定しました。2019年から4年間に亘って、飛行距離約14万km、総飛行時間1300時間以上の測定を行ったそうです。測定の線数600本近く。これで日本周辺の重力を正確に知ることができました。
www.gsi.go.jp

測定は2023年の5月に終わったのですが、情報の整理や様々な資料を整備していたのでしょう。このたび2024年3月に公開されたのが、この測定結果を使って求めた「ジオイド面」のデータなのです。いやはや、ついに来た。網羅的に測定された重力データ(を元にしたジオイド面のデータ)。これは「高さの伊能図」と言って良いくらいの前進ですよ。すごい。しかも伊能図と違って国家機密でもなく、誰でもアクセスできるデータです。

ここ大事なので、今回の国土地理院「補足解説」資料から引用します。

今回公開されたジオイド面のデータ

GSIGEO2024beta.isg というファイルとして、北緯15度から50度、東経120度から160度の範囲のジオイド高の値が公開されています。東西は0度1分30秒ごと、南北は0度1分ごとの値です。まずは雰囲気から。

ヘッダ28行に続いて、北緯50度のジオイド高が西から東への順に並んでいます。1.5分ごとなので1行あたり約1600のデータがあります。
これが北から南へ順に各行1.0分おきの値として、2100行ちょっと続きます。大きなマトリックスデータですね。なお、EPSG:6668=JGD2011地理座標系です。
(日本国外に相当する部分の値はどこから得ているのだろうと疑問を持ちました。ご存じの方、教えてください)

任意の地点のジオイド高の求め方

緯度1分経度1.5分ごとのポイントにおけるジオイド高のデータは公開されましたが、自分の知りたいポイントがぴったり公開された座標に当てはまることは稀です。 自分の知りたいポイントのジオイド高を得るには、バイリニア補間を行います。2次元の線形補間です。
まず自分の知りたい点の近傍4点を特定し、タテ方向の線形補間、ヨコ方向の線形補間を行います。(計算式はそれなりにややこしいですが、直感的にはそういうことです)

具体的な計算式を、公開資料「ジオイド2024説明書」から引用します。


これらの計算を行うことができるWindows用とLinux用のプログラムも公開されています。 geoidcalc_win64.exe とgeoidcalc_linux_x86_64 です。
入力ファイルに緯度と経度のセットを何行でも書いておいてプログラムに喰わせると、その右側にジオイド高を追加して出力してくれるというものです。今のところ私は大量の地点のジオイド高を求めたいシーンがないのですが、必要になったときに便利に活用させてもらえそうです。(自動処理を考えるとファイルへの出力ではなく標準出力に出せるようにしてもらいたいところですが、まぁこれくらいなら使う側の工夫でもなんとか)

まとめ

こんな感じで、「かなり正確な」ジオイド高データが公開されると、衛星測位で得た楕円体高から即座にその地点の「かなり正確な」標高が計算できるようになります。測量業務的には、全国に1000カ所以上ある電子基準点を標高の既知点として使えるようになることが大きそうです。今まで東京にある水準原点からの高さを測量していたので、遠くに行けば行くほど誤差が蓄積する(と言っても一桁センチメートル内ですが)のが、重力(ジオイド高)+GNSSによる楕円体高 での算出になることで、水準原点からの距離に関係なく標高を計算できるようになったのは、大きな変化だと感じました。
改めて今回の「試行版」の公開は、「高さに関する伊能図」並の革命だと思います。

最後に現時点の電子基準点の所在地を、地理院地図より引用。全国これだけの点が高さの既知点になる!